FC2ブログ
もろもろももとせ
とつぜんはじめた日記のブログ
プロフィール

江戸絞(えどしぼり)

Author:江戸絞(えどしぼり)
それぞれいろいろ
もろもろももとせ(百年)

精一杯、生きて百年
それぞれがいろいろ
今、出来ることを!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

藤原俊成と平忠度
藤原俊成 1114年生まれ、平安時代
後期から鎌倉時代初期の公家で歌人

万葉集、古今和歌集の伝統を踏まえた
抒情性の豊かな歌風

指導者として息子、定家(1162-1241)
を、はじめ門下に寂蓮、藤原家隆など
優秀な歌人を輩出

俊成を師と仰ぐ、平忠度(ただのり)との
有名な、最後の対面があるのですが

源平合戦の最中のことです
1183年7月の平氏一門が都落ちした

忠度は、従者6人と共に都に引き返し
俊成の邸を訪れた

落人が帰って来た!と動揺する家人達
忠度は、源平争乱のため院宣が沙汰やみと
なった事は残念ですが

争乱が収まれば勅撰和歌集を作るように!
との院宣が出るでしょう

院宣(いんぜん)とは天皇の命令です
もし、この巻物の中にふさしい歌が

あるならば勅撰和歌集に、私の歌を
一首でも、入れて下さると嬉しい!

載せて頂けたら、遠いあの世から
お守りする者になりましょう

百余首が収められた巻物を俊成に託し
立ち去った

命がけで戻った忠度は翌年、一ノ谷の
戦いで41歳で討死

巻物には秀歌がたくさん収められて
いたが、忠度は勅勘(ちょっかん)の人
(天皇からおとがめを受けている身)

詠み人知らずとして、一首のみ
勅撰和歌集(千載和歌集)に載せた

70歳、近かった俊成は忠度の加護が
あったのか、その後20年余り生き
91歳で薨去(こうきょ)

薨去とは皇族が亡くなったときに
用いる言葉(天皇・皇后皇・太后・
太皇太后を除き)

早く亡くなる人が多い時代に91歳
とは長生きです!

平安時代は40歳で、もう老人扱い
なのですから

忠度どのに守られた!のですね
きっと、凄いことです
この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://yoshiko152.blog44.fc2.com/tb.php/814-b36a3182
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)