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百人一首(56番)の和泉式部
百人一首(56番)の和泉式部の

あらざらむ この世のほかの思ひ出に
今ひとたびの 逢ふこともがな

わたしの命はもう長くないでしょう
あの世への思い出に もう一度逢う
ことができますでしょうか

病の床に臥して詠まれた歌
恋多き女性!和泉式部

この歌をを贈られたのは誰?
20歳の頃、和泉守橘道貞の妻と
なり小式部内侍を産みます

しかし、夫婦仲はうまくいかず
冷泉天皇の皇子、弾正宮
(だんじょうのみや)との恋に走る

夫とは断絶、父親からは勘当!
身分違いの恋は長続きしなかった

弾正宮は26歳で亡くなった
悲しみも癒えぬ翌年、式部は

弾正宮の弟、帥宮(そちのみや)
敦道(あつみち)親王から求愛され
すぐ相思相愛になった

帥宮は式部を自邸に住まわせる
宮との間に、子をもうける

宮妃正妻は去っていきます
そりゃ、そうでしょう

しかし帥宮は27歳の時、病気で
世を去り、世間を騒がせた恋も
3年で終焉です

それにしても魅力的な女性だった
のでしょう、きっと!

医学の進歩と栄養が取れる現代は
長生きですが

平安時代の平均寿命は男性で
32~40歳、女性は25~30歳

40歳になれば、女性もお年寄り
今で言えば70歳!の感覚

帥宮の死から2年後、式部は
藤原道長の要請で娘、中宮彰子の

女房になる、家庭教師のような
もので、30歳半ばです

和泉式部は40歳を過ぎた頃
藤原保昌と再婚、今度は夫の

浮気に悩まされ神社に願掛けに
それが貴船神社だそうです

縁切りや呪咀神として信仰され
今は縁結びの神様?

時代が変われば変わるものです
和泉式部のお墓は意外なところ!

賑やかな新京極商店街の、真ん中
あたりに小さなお寺が!あそこ?

初代住職は式部、秀吉の時代に
この地に移された

何げない所に、歴史上の歌人が
眠っているなんて!

平安時代を想像して歩く京都
楽しくなりそうです!
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