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「桐生悠々」という人
一昨日、朝5時頃にNHKテレビをつけると
戦争と言論人「桐生悠々」氏の足跡を訪ねて
という番組が流れていた

1873年5月20日-1941年9月10日、私が
生まれる前に亡くなっている

ジャーナリスト、本名・政次(まさじ)明治
末から昭和初期にかけての反権力・反軍を
自分の言葉で文字にしていた

ファシズム批判を、信濃毎日新聞主筆時代
社説「関東防空大演習を嗤(わら)ふ」を書く

日本の都市防空の脆弱性を正確に指摘した
第二次世界大戦が、始まる前に戦争批判を
し、投獄されて亡くならなくて良かった

軍に屈せず一人、戦った人がいたとは驚き
詳しく知りたくなり調べてみた

東京法科大学政治学科(東大法学部)を卒業
東京府の官吏保険会社、出版社や新聞の
主筆などを転々とした

大阪毎日新聞に学芸部員として入社したが
満足な執筆の場も与えられず

「べらんめえ」と題した、匿名の時事批評が
評判となり、1910年(明治43年)信濃毎日
新聞主筆に就任

1912年、(大正元年)明治天皇の大葬時に
自殺した乃木希典陸軍大将を批判した

社説「陋習(ろうしゅう)打破論、乃木将軍の
殉死」を書き反響を呼んだ、陋習とは・・・
いやしい習慣、悪い習慣のこと

1933年(昭和8年)8月、東京市を中心とした
関東一帯で行われた、防空演習を批判し
社説「関東防空大演習を嗤(わら)ふ」を執筆

悠々氏は同文中で敵機の空襲があれば木造
家屋の多い東京は焦土化すること

被害規模は関東大震災に及ぶであろうこと
空襲は何度も、繰り返されるであろうこと
日本の都市防空の脆弱性を指摘

12年後の日本の惨状を正確に予言し言説
陸軍の怒りをかったでしょうね

長野県の在郷軍人で、構成された信州郷軍
同志会が信濃毎日新聞の不買運動を展開

悠々氏は信濃毎日の退社を強いられてから
亡くなる迄の8年間は、愛知県東春日井郡
守山町(現在の名古屋市守山区)にて

「名古屋読書会」の主宰者として、過ごして
紹介したい洋書を翻訳したり、個人誌の
「他山に石」で頒布

1941年(昭和16年)9月、太平洋戦争開戦を
3ヶ月後に控え、死期を悟った悠々氏は
「他山の石」廃刊の挨拶を作成

数年後の日本の敗戦に対する正確な予言を
し、喉頭癌のために9月10日68歳で逝去

先を見越して、戦争は馬鹿げていると言い
続けていた人がいたのです、凄い人です

子供が11人もいて戦争批判を続けていた
悠々氏、奥さんの寿々さん、それはそれは
大変だったことでしょう
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