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たくあん漬けは沢庵和尚の考案
一般的に沢庵漬けの考案者と言われ
てますが、これについては諸説ある
らしいです

たくあんが大好きなのですが、最近
硬いものは、なかなか噛みきれなく
なりました

だから沢庵を細かく切り、マグロの
トロと、紫蘇の葉を寿司飯で巻いて
食べると美味しいです

時々、食べたくなり作ります、勿論
わさびも少し入れて、これなら硬い
沢庵も食べやすいです

沢庵和尚を語るなら、その前に紫衣
事件を書かなければ・・・

1615年、豊臣家を滅ぼし徳川家の
抵抗勢力がいなくなり平和な時代が
訪れようとしていましたが・・

江戸幕府が成立すると、寺院法度に
より寺社への締め付けが厳しくなり

大徳寺のような有力な寺は、禁中並
公家諸法度で、朝廷との関係を弱め
るための、規制がかけられた

幕府は朝廷に対するルールを決めて
朝廷をコントロールしようと、考え
始めます

そのルールが、禁中並公家諸法度で
ご法度には、天皇は学問に打ち込む
べし

朝廷の権威に対し武家の権威を確立
した基本法

「武家諸法度」と違って幕末まで改訂
されることはなかった

紫衣(しえ)事件とは・・・
寛永4年(1627年)幕府は後水尾天皇
幕府に諮(はか)ることなく行った
紫衣着用の勅許(ちょっきょ)

勅許とは天皇の許可です、幕府に
許可なく行った、ということです

法度違反とみなして幕府は勅許状を
無効とし、京都所司代に紫衣の取り
上げを命じた

紫衣とは、紫色の法衣(ほうえ)や
袈裟(けさ)のこと、これを着用でき
るのは高僧に限られていた

天皇の詔で、決まっていた大徳寺の
住持職も、江戸幕府が決めることに
なるのです

これに反発した沢庵は京に上り玉室
宗珀、江月宗玩と共に大徳寺の僧を
まとめた後

何人かで抗弁書を書き上げ寛永5年
幕府に提出

大徳寺の僧たちに紫衣を与えた事に
よって幕府と朝廷が対立、幕府と
天皇の立場が逆転したのです

沢庵和尚ら大徳寺の僧たちが出羽国
に、流罪となった(1629年)

江戸時代が300年も続くのですから
家康も、いろいろ締め付けを考えた
のでしょうね

幕府の囚人となった沢庵を出羽国で
丁重に迎え、厚遇したのが藩主

土岐頼行(ときよりゆき)、当時22歳
若き頼行は、小さいながらも立派な
住居を贈ったそうです

沢庵を、尊敬していた頼行に対する
感謝のしるしとして貯え漬けを贈り

それが、沢庵漬けと呼ばれるように
なったという説があります

沢庵は1632年(寛永九年)、前将軍
徳川秀忠の死による特赦で、許され
京都に帰ることができという
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