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明治の頃の京都の芸妓
女性の噂が沢山あった、伊藤博文も
夢中にした京都の芸妓・江良 加代

噂を聞きつけて、一番最初にやって
きたのは、首相になった西園寺公望

彼女の美貌に夢中になり、加代を
自分の正妻として迎えると申し出た
当時、まだ13歳でした

代々、正妻を迎えない西園寺家の
家訓を破りいち早く妻として東京へ

西園寺家の一族の、大反対にあい
西園寺公望は、渋々数ヶ月後には

豪華な着物や調度品と一緒に祇園の
置屋・井筒屋に戻す

木戸孝充(桂小五郎)が、明治になり
最後に好きになったのも加代

さんざん貢いで、祇園の練り物の
衣装代3000円を出してやると約束
しかし、果たせずに病死した

今のお金で1000万?2000万?
博文は練り物に加代が出ないと聞き
「それは、かわいそうだ」

加代の衣装代を全額支払い、彼女は
練り物会に出た

行列がうねるようにして、大通りを
ゆっくりと進む、時代劇で見たこと
あります

博文には、たくさんの愛人がいた
その中でも江良加代は別格の扱い
でも旦那にはならなかったのですね

最初の旦那になったのが明治の元勲
(げんくん)井上馨(かおる)

元勲とは国につくし、大いに働いて
功績をあげ、重んじられている人

2番目の旦那は三井源右衛門、3番目
は、大阪の豪商藤田伝三郎

4番目の旦那が、高鍋藩主・秋月
長門守の長子・秋月種繁だそうです

これほどの美女とは生涯二度と逢えぬ
だろう、と当時の歌舞伎役者・中村
歌右衛門が、言ったそうだから

さぞや、美人だったのですね
英雄、色を好む、というでしょう?

暗殺が頻繁に合った江戸末期から明治
時代に、命をかけ生きていた男たち

女と付き合うのが一番なのかも???
しれませんね
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