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日本の奴隷の歴史は?
身分が違えば、すべてが違った時代の話
です、どんな階級に属しているかが大切

過去にヨーロッパなどには、奴隷制が
あったようですが、日本では?

縄文時代、東北地方の巨大な墓に埋葬
された人物もいましたが・・・

列状に墓が並び、土器に入れられた者
それに、穴に葬られた者もいた

墓に埋葬されずゴミと一緒に廃棄された
人骨が、発見されたこともあった

弥生時代中期・後期の倭国(日本)はまだ
統一国家されていませんでした

100余りの国があったとか、日本史上
外国史書に名の残る最初の人物は帥升
(すいしょう)のようですね

107年に倭国王・帥升「生口百六十人」
後漢の皇帝に献じ、とあります
(「後漢書」東夷伝)

魏志倭人伝には239年、卑弥呼は
「男の生口四人」「女の生口六人」を魏の
皇帝に献じと、書いてある

生口(せいこう)とは、弥生時代の「倭国
(日本)」における捕虜、又は奴隷のよう
です

献上するものがなく、何らかの特技や
特徴を持っていた人物を、送ったと
いう説もあるようです

生口は献上品ですから、意外に大切に
されたのかもしれませんね

魏志倭人伝によると、女王・卑弥呼が
死ぬと、大きな塚に奴婢100人余りを
殉葬したそうです

殉葬とは、主君や夫などの死を追って
臣下や妻などが死ぬ(死に殉じる)こと

殉死者が任意に自殺する場合もあれば
強制的に殉死させられる場合もある

古代エジプト、メソポタミア、中国や
朝鮮半島では遺跡が出ていますよね

日本でも殉葬があった、世界のどこ
でも、その時代その時代に同じことを
していたようです

魏志倭人伝の記述から弥生時代後期に
奴婢(ぬひ)という奴隷階層が、あった
ことも判っている

奴婢は国家が所有する公奴婢(くぬひ)と
個人が所有する私奴婢(しぬひ)がいた
という

私奴婢は私有の奴婢です、売買・譲渡の
対象となり財物視されて所有者の労働力
となった

主人が虐殺しても役所に口頭の届け出を
すれば罪にならなかったそうです

平安時代、戦乱、飢饉、重税に苦しんで
逃亡する奴隷が続出

他方では婦女子を略取し、誘拐して売り
飛ばす、「人さらい」「人買」が、横行

一般庶民の多くも、払いきれない借金で
喘(あえ)ぎ人身を抵当にし金銭の貸借が
行われていたようです

ひどい話ばかり、生まれが悪ければ奴婢
だなんて、悲しい時代でした

中世のローマでも年を取ったり老いたり
病気になり使役に適さなくなった奴隷は

ティベリス川の中洲のティベリーナ島に
捨てる、という慣習があったそうです

価値のなくなった奴隷の扱いが良かった
とはいえません

そんな時代に生まれなくて良かった!
世界はどんな時代でも、何も変わらず

どこの国でもその時代は生まれる場所で
生きる場所が決まる

奴隷が沢山いたのです、辛い生活だった
でしょう、言葉では言い表せません
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