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ヘンリー・ウォード・ビーチャーと姉
ヘンリー・ウォード・ビーチャー
Henry Ward Beecher、ご存知?

200年位前に生まれた人、日本だと
江戸時代後期の頃です

1813年6月24日生~1887年3月8日没
アメリカ合衆国、コネチカット州出身
牧師さんです、社会改革者、演説家

父親も同じ派の牧師で、兄弟姉妹の
数人も教育者や活動家になっている

ビーチャーは1834年に大学を卒業し
1837年にレイン神学校を卒業

その後、牧師の職務を果たしながら
姉と同じく奴隷制度廃止運動に関わる

南北戦争に向かう時代、姉ハリエット
ビーチャーも奴隷制度廃止の運動家

姉は小説の「アンクル・トムの小屋」の
著者、当時、国際的に名声を得ていた

初老の黒人奴隷トムの、数奇で不幸な
半生を描いている

この本を読んで感動した人々が奴隷
解放運動に結集、南北戦争へ発展した?
とも言わ田ほど影響力のあった本です

「あなたのような小さい方が、この
大きな戦争を起こしたのですね」、と

当時の大統領だったリンカーンが
ストウ夫人に会った時に言ったとも
伝わっている

弟のビーチャーは戦後、女性参政権
禁酒運動など、社会改革を支持した

奴隷を、束縛の状態から買い上げる
ためお金を集め、運動家に送った

しかし、困ったものでビーチャーは
女たらしという噂も広がり1872年

かつての同僚の妻・エリザベスとの
情事の記事が掲載されたからです

1874年、エリザベスの夫が姦通罪で
ビーチャーを告訴したのです

その後の裁判では評決不能陪審という
結果、19世紀のアメリカの裁判の中で
最も広く報道された話題です

男と女がいる限り、牧師さんでもこう
いうことがあるのですからね

日本のお坊さんだって、こういう話は
いくらでもあります

ビーチャーはその時期、長く世の中の
スポットライトを浴び「アメリカで
最も有名な男」だったそうです

でも、いい言葉を残していますよ

★「許すことはできるが、忘れることは
できない」というのは結局「許すことは
できない」というのと同じことだ

確かに忘れることなかなか難しいです
許してないのと同じと言いたいのね

楽しかったことより、辛かったことは
特に忘れないから

★どのように怒ってよいか分からぬ人は
どのようにすれば、正しいかも知らない

そうですねえ、そうかもしれません
分かってないと、怒れないですものね

子育て中のお母さんも、子供に怒るべき
時はきちんと愛情を持って怒りましょう

無職でゴロゴロする大人には、させたく
ありませんね、事件が起きます
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