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俳句の勉強をしたい

私は物静かで気取らない芭蕉の俳句が
大好きです

最もよく知られていて、多くの俳人に
影響を与えた人・松尾芭蕉

江戸元禄期の俳人で、その頃は俳句は
俳諧と呼んでいたそうです

もともと連歌(短歌)の発句「5・7・5」
だけを詠むものとして生まれたそうで
「俳句」と名付けたのは正岡子規だとか

芭蕉はどんな生涯だったのかな?と
思うようになりました

1644年伊賀国(三重県)で生まれ、父親
松尾与左衛門はこの地域の有力者、とも
書いてあるし・・・

芭蕉は中流階級の下級武士だったとも
書いてあります、どちらが正しいので
しょうか?

当時、有名な俳人の北村季吟(きぎん)
につき、10代後半の頃から勉強

1674年(30歳)の頃には、俳句の腕を
認められ、彼の元を離れた

翌年の31歳、この頃から江戸に住んで
多くの俳人と交流したようです

1684年(40歳)で出生地の伊賀へ向け
「野ざらし紀行」の旅に出た

1686年(42歳)春の発句会で有名な句
を詠んだ

「古池や蛙(かわず)飛びこむ水の音」

1689年(45歳)弟子の河合曾良(かわい
そら)と「奥の細道」の旅に出たという

河合曾良は、慶安2年(1649年)生まれ
5歳下で「蕉門十哲」の一人

芭蕉は1日40km〜50km程の道のりを
歩き、この旅で、芭蕉の代表作となる
多くの句が詠まれた

訪れた地で、多くの弟子を獲得した
1694年(50歳)になり、江戸から伊賀へ
奈良、大阪へと向かい、大阪にて病死

葬儀には300人以上の弟子が参列した
誰でも知っている、あの有名な俳句

「夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡」 

現在の岩手県の平泉町で詠まれた作品で
この地で栄えた奥州藤原氏や藤原氏と
縁の深い源義経について詠まれた作品

「閑(しずけ)さや岩にしみ入る蝉の声」 

現在の山形市の立石寺(りっしゃくじ)で
詠まれた作品

昭和時代に行われた調査の結果でセミは
ニイニイゼミだと判断されたそうですよ

「五月雨(さみだれ)をあつめて早し
最上川(もがみがわ)」

現在の山形県北村山郡大石田町です
最上川に多くの雨が集まっている様子を
描いている

「5・7・5」の句で、イメージが広がります
芭蕉の俳句は、海外にも知られていてね
ファンがたくさんいるそうです
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