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徳川家の子孫は代々続いています
江戸幕府第11代将軍・徳川家斉(いえなり)
69歳でこの世を去る、1841年のことです

家斉には正室以外に、側室が40人もいた
そのうちの16人が出産し、子供55人
子供の数は、歴代将軍の第1位だとか

在位50年間に、子作りに精を出した将軍
28人の男の子と27人の女の子

子作り以外に、将軍としてどんな政務を
行ったのでしょうか?知りませんね

年間3人、又は4人の子供を産ませていた
時期もあったようで考えられないですね
さすが、お殿様

現在、徳川家・御三家(水戸・紀州・尾張)
御三卿(田安・一橋・清水徳川家)は断絶
せずに、続いているようです

そのうちの御三卿一橋家の第2代当主徳川
治済の長男で、母は側室のお富の方とか

現在は、一橋徳川家(御三卿)15代当主・
德川宗史氏です

御三家、御三卿、以外に松戸徳川家(水戸
徳川家分家)に宗家別家(べっけ・べっか)

紀州徳川家(御三家)は現在、第19代当主
徳川宜子(とくがわことこ)氏、建築家
水戸徳川家(御三家)16代当主・徳川斉礼氏

田安徳川家(御三卿)第11代当・主徳川宗英
(とくがわむねふさ)氏、作家
清水徳川家(御三卿)10代当主・德川真氏

松戸徳川家(水戸徳川家分家)は、3代当主
德川文武氏が継いでいらっしゃいます

別家とは、徳川宗家を相続した約4ヶ月後
第15代将軍に就任した德川慶喜(よしのぶ)
江戸幕府最後の15代征夷大将軍

在職は慶応2年(1866年)12月5日‐慶応3年
(1867年12月9日)短い在位でした

「江戸城明け渡し」とも「江戸無血開城」とも
言われています

明治維新ののち蟄居していたのを許されて
宗家(将軍家)から別家として改めて公爵を
授けられて、新しく始まる家です

邸宅は東京市小石川区大六天(現在の東京都
文京区)に所在、現在は第4代当主徳川慶朝氏

1950年生まれの写真家、著述家、コーヒー
焙煎職人だそうです

興味深いのは、徳川家・御三家(水戸・紀州・
尾張徳川家)

徳川宗家、第18代当主徳川恒孝(つねなり)氏
そして19代目・長男徳川家広氏、翻訳家

この方が、ベトナム人女性と結婚なさったと
言う、日本の中だけではなく血統も混ざり
合いますね

ご両親は大反対したそうです、子供がいない
宗家は19代で終わるのでしょうか?

まさか現代は側室に産ますことはできない
し、お家断絶になりそうです

天皇家か徳川家か藩主・大名、豊かな方々
なら調べれば、すぐに分かりますが・・・

何代も前の先祖が分かっている人は少ない
誰だって先祖を辿ることに興味があるはず
ですが、なかなか難しい

テレビ番組でIPS細胞の名付け親の京都大学
山中教授の先祖の話、大変興味深く見せて
頂いた

本人も親から先祖のことは全く聞いていない
ので、とても興味深かった、と言っていた

性格はDNAで、受け継がれていることが
よく分かり、面白かったです

両親が四国の愛媛ですが、どんな形であれ
代々続いて今があるのです

先祖が何をしていたかは祖父母ぐらいまで
しか、全く分かりませんが、空想や想像も
楽しいものです

兄弟はは兄、弟2人、私、4人ですがもう
弟2人は亡くなりました

でも子供、孫と続いていき、先祖がいて
私たちの現在があるのです

大したDNAではないにしろ、続いている
ことに感謝して、過ごしましょう
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