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「ヴィーナスの誕生」モデル・シモネッタ
サンドロ・ボッティチェッリ作
1483年頃、描かれた「ヴィーナスの誕生」

フィレンツェいちの美女として讃えられ彼の
他の作品でもモデルになったシモネッタ・
カッタネオ・ヴェスプッチ

ミサワ・インテリアスクールの海外研修に
参加した時に、フィレンツェのウフィッツィ
美術館で鑑賞

2回目の心臓手術10年後のことで、38歳
でした、初めての海外旅行だったと思う

1483年頃、制作されたこの絵のモデルは
この絵画のモデルはシモネッタ・カッタネオ
・ヴェスプッチ(1453年-1476年4月26日)

15.6歳でマルコ・ヴェスプッチと結婚
出身は、地中海のポルトヴェーネレ説と
ジェノヴァ説があります

1475年にフィレンチェのサンタ・クローチェ
広場で行われたジオストラ(騎芸協議会)で

ジュリアーノ・デ・メディチは騎士が名誉の
ために、戦うイナモラータ(「愛人」)に
シモネッタを選んだ

ボッティチェッリが、彼女をモデルに描いた
女神の旗印を掲げて入場した

夫・ヴェスプッチが旗印に彼女を描くよう助言
したそうです

絶世の美女ですから、シモネッタを描くため
画家たちがフィレンツェにやってきたと言う

それからわずか1年後シモネッタは肺結核で
亡くなった、わずか23歳

彼女に関しての記録はほとんど残っていない
のですがシモネッタの死の翌日

死を悲しんで、フィレンツェ中の鐘が一斉に鳴り
響き、多くの市民が彼女に別れを告げたという

「絶世の美女は薄命」と言われ1476年4月26日
肺結核で亡くなったのです

ボッティチェッリが、「ヴィーナスの誕生」を
完成させたのはそれから9年後

800px-Sandro_Botticelli_-_La_nascita_di_Venere_-_Google_Art_Project_-_edited-1.jpg

「彼女を前にすれば、死もまた美しい」愛人の
ロレンツォ・デ・メディチの言葉が残っている
前にもこのことは書いた記憶があります

まあ、いいでしょう!年をとるとボケますから
ボツにしてもいいのですが、お許し下さいませ

つい美しい女性ベアトリーチェ・チェンチの事を
書いていて、美女を思い出して書きました
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