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葉山「日陰茶屋」事件と今の「日影茶屋」
30代の頃、葉山に引っ越しました
娘は幼稚園をあと半年で卒園の頃

明照幼稚園があり、お迎えのバスが
近くに来ていたので、お願いに行く

半年ですが、入園できますか?
細かいことは忘れたが入れてくれた

その後は、葉山小学校へ入学して
娘は1年間バスで通いました

葉山は名の通り、山が多く登ったり
下ったり、子供も足腰は強くなった
と思います

2年生の頃に、近くに長柄小学校が
開校、歩いて行けるので心配がなく
なった

今は色々あるでしょうが当時、葉山
には、外食するところが少なく和食
専門の「日影茶屋」によく行きました

もう40年前です、その頃は寂しい所
だと思いましたが10年、住みました

なぜ、思い出したかと言うと・・・
「諧調は偽りなりー」(上)(岩波現代
文庫) 瀬戸内寂聴

この本のご案内がきたので、葉山を
思い出したのです

そう!あの「日陰茶屋事件」の大杉と
野枝の話なの?現在は「日陰」の字が
「日影」に変わっている

大杉栄と妻の保子と愛人の神近(かみ
ちか)市子、そしてもう一人の愛人
伊藤野枝との四角関係

普通は三角関係ですが、今と違って
あの時代、男女の恋愛しかなかった?
作家が心中したり、いろいろあった

東京日日新聞(現在・毎日)の記者と
して、働いていた市子

大杉の窮乏を見かねて金を渡していた
明治・大正期における日本の代表的な
アナキスト(無政府主義者)だった大杉

プライドの高い大杉だったが背に腹は
かえられなかったようです

執筆を名目に彼は葉山へ、1人で行く
のかと、市子は彼に問いただすが
「もちろん1人だ」と答えた

しかし、伊藤野枝を連れて行っていた
それを知った市子、短刀をとり出し
話をつけるべく葉山に向かった

滞在予定の、「日蔭(ひかげ)茶屋」に
着いた、市子は女中から案内された

部屋で、湯上がりの浴衣でくつろぐ
大杉と野枝の姿を見る、野枝は「帰る」
さっさと出て行った

市子は話し合うが、寝たふりをして
いる大杉の首に短刀を振るう

首を押さえながら、大杉は逃げたが
意識を失うほどの重傷

市子は海岸で入水自殺しようとした
が、死にきれず自首

これが四角関係による刃傷沙汰
(にんじょうざた)「日蔭茶屋事件」

妻・保子に愛人の神近(かみちか)
市子ともう一人の愛人・野枝との
四角関係

優秀な記者だった市子が、事件を
起こし、刑務所に2年半ほど入る

大杉は保子との結婚も婚約者から
強姦に近い形で略奪した、なのに
です

大杉はマルクス主義者だったので
危険視されて、関東大震災直後に

野枝と大杉と大杉の甥(6歳)と共に
連れ去られ、その日のうちに扼殺
(やくさつ)された

「諧調は偽りなり」で大杉の幼少期
から、亡くなるまでを瀬戸内寂聴
さんは描いているようです
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