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江戸時代から明治、大正、昭和、平成へ
昨日の、朝、TBSの番組で「寿松木」を
なんて読む?誰も読めた人はない、と
アナウンサー

私は「スズキさん」と言った、それでは
答えは?スズキさんです、えっ!

正解!当たりました!主人がまさか?
あんたの勘はすごい!

そう、勘は鋭いよ、あなたが悪いこと
しても、すぐ当てるからね、苦笑いを
していました

平民が名字・苗字(みょうじ)を名乗る
ことが許されるようになったのは明治
3年(1870年)

明治8年(1875年)に必称義務令が出て
すべての人が苗字と名前をつけるように
なりました

「性+名」現代では一般的ですが、それ
までは、身分が低い人は名字がなくて

モンゴルや朝鮮半島、中国も多分「名」
だけだったと思います

徳川家康は「徳川・次郎三郎(通称)・
源朝臣(みなもとあそん)家康」

身分が一番高い人は、ずいぶんと長い
名前ですね

「徳川」が名字(苗字)「次郎三郎」が通称
「源」が氏(「姓」、本姓とも呼ばれる)

名字は家を現すため、出身地を付けた
ようです

家康の父、松平広忠、それに先祖も
「次郎三郎」だったようで、家康の家に
代々受け継がれていた「字」のようです

平安時代の貴族は、母親の邸宅で育つ
そのために、母方の邸宅のある地名を
名字につけた、という

江戸時代には幕府の政策で武士、公家
以外では、原則、名字(苗字)を名乗る
こと許されなかった

「江戸時代の庶民には名字がなかった」
と言われますが、庶民でも先祖が武家
で、後に平民になった場合

先祖伝来の名字が受け継がれる場合も
あったのですが、公的な場で名乗る
ことはできなかったようです

いろいろ難しかったようです、名字は
寺の過去帳や農村の古文書で確認する
ことができるらしい、調べてみたいね

明治からのことはわかっても、それより
前は、難しいでしょうね、出がいい人は
別ですがね

1875年・明治8年に必称義務令が出て
この141年の変わりようには、驚きです

でも、これから100年後はもっと激しく
変化しているでしょう

生きて見ることはできない、どう変化
していくかなんて、想像もできない

今でさえ、スマホにやっとこさっとこで
使いこなせていませんもの
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