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坂本龍馬(りょうま)と妻・お龍(りょう)
龍馬は天保6年11月15日(1836年
1月3日)土佐に生まれた土佐藩士

坂本龍馬は、生まれる前の晩に
母親が夢で龍が天を飛ぶ夢を見た

それに因(ちな)んで龍馬と名づけた
「龍馬」いい名前、と思っていました
そういうことだったのですね

江戸時代末期、薩長同盟の斡旋や
大政奉還の成立に尽力した、倒幕
明治維新に影響を与えた人

妻・お龍との出会いは・・・
侍医であった、お龍の父が死んで
困窮していた頃、龍馬と出会い結婚

綺麗な人ですもの、龍馬はぞっこん
だったらしいですね

それにしても、龍馬とお龍(りょう)
よく似た名前で、不思議な出会い

薩長同盟成立直後、寺田屋遭難
彼女の機転で龍馬は危機を脱した

龍馬は姉の乙女に「おもしろい女」と
手紙に書いたり、寺田屋の件では

「このお龍がいたからこそ、龍馬の
命は助かりました」お龍への感謝を
乙女の手紙に表していた

龍馬が負傷し、療養のため鹿児島
周辺の温泉を二人で巡ったのは
日本初の新婚旅行、だったとか

貿易会社と政治組織を兼ねた亀山
社中(後の海援隊)を結成、これも
日本初の「株式会社」だそうです

袴姿に革靴、写真で見ても新しい
ことに挑戦する人でしたね

世の人は、我を何とも言わば言え 
我が成す事は我のみぞ知る

周りに、なんと言われようとも強い
信念を持ち続けた龍馬らしい言葉

このような強い信念があったから
こそ、大きなことを成し遂げられた
のかもしれませんね

大政奉還成立の1ヶ月後、龍馬は
暗殺され満31歳の生涯を閉じるの
ですが・・・

長く生きていれば明治時代、活躍
したでしょう

亀山社中は三菱の前身らしいから
昨日も書きましたが・・・貿易商か
北海道開拓?

政治の世界に残ってはいなかった
でしょうね

龍馬の言葉

何でも思い切ってやってみること
ですよ

どっちに転んだって人間、野辺の
石ころ同様、骨となって一生を
終えるのだから

その通りですね

お龍は龍馬の暗殺後、龍馬の実家へ
未亡人として送り届けられます

しかし、家督を継いだ兄夫婦とうまく
いかず各地を流転します

京都で世話になっていた寺田屋の
お登勢を頼り、龍馬の墓のそばにも
いましたが、京都にもいづらくなり

東京に向かう、勝海舟や西郷隆盛が
いたため、その縁を頼ったようです

勝海舟に紹介してもらい、2~3年
神奈川宿の料亭・田中家で働いた

物おじせず真っ直ぐな性格、外国の
客人から、評判が良かったそうです
でも頑固で使いづらかった、とか

その後、大道商人・西村松兵衛と
再婚し、西村ツルを名乗りますが・・

夫に先立たれた妹・光枝がお龍を
頼ってきたので、3人で暮らすと
松兵衛と光枝が、内縁関係になり

二人でお龍の元を離れ、別居して
しまう、ひどい話ですね

お龍は晩年は落ちぶれて、生活に
ひどく苦しんだようです

一人になったお龍を保護し看取った
のは、退役軍人の工藤外太郎とか

お龍は66歳でした、誰かがそばに
いてくれて良かったと思います

龍馬が生きてさえいたら幸せだった
でしょうに・・・幸せでいて欲しかった!
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