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日本人でルイ・ヴィトンの顧客、第1号
日本人で初めてルイ・ヴィトンの顧客に
なった後藤象二郎(しょうじろう)

有名ですからご存知ですよね、日本の
幕末(土佐藩士)から、明治時代に活躍
した人はたくさんいますが、その一人

明治15年(1882年)〜16年(1883年)の
間にヴィトン本店で、板垣のために鞄
(カバン)を購入した

あの時代はフランスへも船で行きます
から、時間はかかる旅でした

ちょんまげ、着物から洋服、大変革の
時代を過ごした人々

当時の顧客名簿の購入者欄に後藤の
名前が残っているそうです

板垣退助の愛用したルイ・ヴィトンの
鞄は、高知市立自由民権記念館に
現存しているそうです

象二郎と板垣退助は、幼馴染、彼の
幼名は猪之助(いのすけ)なので「いのす」

象二郎の幼名は「保弥太」(やすやた)
「いのす」「やす」と、呼び合う仲だった

坂本龍馬の提案した「船中八策」により
象二郎は、将軍・徳川慶喜に対して
大政奉還論を提議

船中八策(せんちゅうはっさく)とは・・
慶応3年(1867年)に、坂本竜馬が起草
させた新国家構想

二条城にて、大政奉還の日、薩摩・土佐・
芸州・備前・宇和島の五藩の代表と将軍
慶喜と膝詰め談判をした象二郎

慶応3年10月14日に江戸幕府第15代将軍
徳川慶喜が政権返上を明治天皇に奏上

その後も活躍した象二郎は熱海、大磯に
それぞれ別荘を所有

袖ヶ浜にも別荘(二扇庵)所有したようだ
でも、象二郎は59歳で亡くなった、昔は
人生短かったですね

親しくしていた龍馬は大政奉還の1ヶ月後
11月15日に暗殺され、31歳で亡くなった

暗殺されなかったら、北海道の開拓か?
それとも、貿易商かしら?

龍馬本人は役人になるのは嫌、と妻の
お龍に語ったとされている

でも、生きていれば明治時代に活躍した
でしょう、別荘だって持てたでしょう

後年、お龍は、龍馬が亡くなった晩に
血だらけの龍馬が夢枕に立っていたと
語っている

お龍は晩年、落ちぶれて生活は困窮
アルコール依存症状態になり、横須賀で
66歳の人生を終える

美しい人でした、龍馬が生きてさえ
いれば、お龍も幸せだったはずですね
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