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バートランド・ラッセルは結婚、4回
イギリスの哲学者で、論理学者、数学者
そして貴族、イギリスの首相を2度務めた
初代ラッセル伯ジョン・ラッセルは祖父

両親はジョン・スチュアート・ミルの
友人で、産児制限や婦人参政権を主張
する自由思想家

ラッセルの名付け親は・・・・・
後続のバートランド・ラッセルらに強い

影響を与えたジョン・スチュアート・ミル
イギリスの哲学者で社会・経済思想家

ラッセルは97歳まで長生きして、生涯で
4回も結婚をしている、エネルギッシュ!

さすが「結婚論」を書いた人ですからね
驚いたことに、最後の4回目は80歳です

最近、ミック・ジャガー72歳も、29歳の
恋人が妊娠という記事、驚きました!

ラッセルのお相手は、誰だったのか?
気になったので、調べてみました

22歳の時、5歳年上のアリスと結婚
結婚生活は、時が経つにつれ困難に

ラッセルは、アリスとうまくやろうと
努力するが別居

次は友人のフィリップ・モーレルの妻
オットリーンと恋愛

彼女は離婚してまでという気持では
なかったようです

次は恋人のドーラが妊娠した、自分に
子供を持てることが分かり、2回目の
結婚

初めて幸福感にひたることができた
ラッセルは子供が欲しかったのです

長男が生まれて、裁判でアリスとの
離婚が認められた

長女も生まれたが、ドーラとも離婚
成立したのが63歳の時、1935年です

翌年、3回目はパトリシアと結婚する
ラッセル64才(1936年)

その翌年、次男コンラッドが生まれた
1938年、シカゴ大学の客員教授として

招聘されたラッセルは、パトリシアと
コンラッドを伴って渡米

平凡な家庭生活を守るだけが願いの
パトリシアにとり、ラッセルとの生活は
限界を越えていく

パトリシアは1944年に息子と一緒に
ラッセルよりも一歩先に英国に帰国
1949年から別居生活

ニューヨークで、48才のミス・工ディス・
フィンチと再会(Miss Edith Finch)

ラッセルは1931年講演のためアメリカ
ブリン・マー大学に行った時、同大学の
教授だったエディスと出会った

この時が初対面、その後ニューヨークで
著述生活をしていたイーディスと再会

彼女は未婚、2人の間は急速に親密に
なっていく

妻・パトリシアと1952年に離婚が正式に
成立、80歳の時です

その年の終わりに、イーディス(Edith)と
4回目の結婚をした、80歳ですよ

思いやりのある、気だてのやさしい妻・
イーディスと一緒に居るだけで、心の
安らぎを覚えたとか

「ラッセル結婚論」は57歳の時に書かれ
現在も読み続けられているロングセラー

自伝によれば、ラッセルの生涯を支配
したのは、「強力な3つの情熱」でした

「愛情への欲求」「知識の追求」「人類の
苦しみに対する耐えがたいまでの同情」

人生で恋愛をたくさんして、本も沢山書き
97歳でイーディスに看取られ心満たされ

その波乱万丈の生涯を閉じたのです
幸せ者ですね
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【2016/07/19 11:40】 | # [ 編集]


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