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京都の五重の塔と幻の七重の大塔
桓武(かんむ)天皇が、平安京に都を
定めた後、都の入口に羅城門

その東と西に官寺である東寺(とうじ)
と、西寺(さいじ)が置かれました

官寺とは、国家の監督経済的保障を
受けていた寺院のことです

東寺の五重塔、国宝で京都のシンボル
高さ54.8mは木造塔としては、日本一

天長3年(826年)空海により、創建着手
出来上がったのは、空海没後です

雷火や不審火で4回焼失、現在の塔は
5代目で1644年(寛永21年)徳川家光の
寄進で建てられたもの

南北朝時代、後醍醐天皇は東寺復興に
力を注ぎ、足利尊氏は東寺を本陣と
したほどです

その後、歴代天皇や権力者達は空海
への、厚い信仰心から復興に尽力

源頼朝を始め、豊臣秀吉や徳川家康
など、時の権力者の支援を受けた
東寺は再建を繰り返し、今も現存

フランスの哲学者、サルトルが塔の
前で言葉を失い、呆然と見つめていた
と、言われています

きっとサルトルも、五重塔の美しさを
感じ取ったのでしょうね

現存している一番古い塔らしい、まだ
現存しているのが驚き、築372年です

西寺も真言宗の僧・守敏が住持(住職)
ですが、空海と揉めました

西寺は正暦元年(990年)に火災に遭い
衰退、天福元年(1233年)五重塔も焼失

先日、朝日新聞の記事にそれより大きな
七重大塔があった、と書いてあった

金閣寺境内に室町幕府3代目足利義満が
建造したとされている巨大な大塔があった

駐車場西側の売店などの建て替えに伴う
発掘調査で出土

塔頂(てっぺん)についていた相輪、その
破片が見つかったそうです

表面に金メッキが施された金銅製、幻の
大塔が出土品で裏付けられたのです

七重の塔は110mだそうです、東寺は56m
大体、倍の高さですね

IMG_2187.jpg

上の絵は七重の大塔の想像図、新聞に
載っていました

文献によると1404年に北山殿に建造され
(金閣寺の前身)完成間近に落雷で焼失

1399年にも七重の塔を建造した、しかし
落雷で焼失

1470年に再建された七重の大塔、また
三たび落雷で焼失した

出来上がる迄は大変だったはず、あれ
ほど大きな塔が作れるって、クレーンも
ない時代に、凄いことですね

9世紀末には五重塔は建っていたのです
千年以上も前の人々の、暮らしを想像し
ながら、見学してみたいものです  
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