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浄土宗の法然さんは「南無阿弥陀仏」
法然は、1133年(長承2)に生まれて
1212年(建暦2年)80歳で亡くなる
あの時代では長生きですね

平安末期・鎌倉初期の僧、浄土宗の
開祖です

9歳の時、夜襲を受け父を失った
武家の習いならば、仇討ちしかない

死の直前、父・時国公は「敵を恨ん
ではいけない」と言い残す

何故なら、恨みは恨みを憎しみは
憎しみを呼ぶ

時国はいつまでも苦悩の連鎖を断つ
ことが出来ないのは息子まで苦しみ
続けることになる、それを制した

「私の菩提を弔い、そなた自身も迷い
苦しみを離れ、救われる道を求めて
行きなさい」と遺言

1000年も前ですから本当かどうかは
分かりません、書いたものが残って
いたのでしょうか?

菩提寺(岡山県勝田郡奈義町)にいた
叔父・観覚にひきとられ、のちに

法然は比叡山に登り、持宝房源光に
最初に師事

源光は(平安時代後期の天台宗の僧)
若き法然の才覚を見抜いた

自分ではこれ以上教えることがないと
2年後、東塔西谷の功徳院皇円に送る

念仏に専念する立場を確立、浄土宗を
開いた

「南無阿弥陀仏」を、口に出して称える
法然の、称名念仏の考えが「三心」
「三心」とは・・・

「至誠心」(誠実な心)
疑うことなく、心から阿弥陀仏を想い
浄土往生を願うこと

「深心」(深く信ずる心) 疑いなく深く
信じること

「廻向発願心」えこうほつがんしん
自他ともに極楽浄土に往生しようと
願う心

この三心をもって、念仏を行として
選択すべきだ、としている

民衆に凡夫であるということをまず
認識させ、その上で浄土に往生する
ためには・・・

専修念仏が一番の道で、他の行を
せず、ただひたすら「南無阿弥陀仏」
念仏だけ唱えることを勧めた

「二種深心」と言い、信心の要とした
一つは、自身が罪悪不善の身で

いつまでも、輪廻を繰り返す救われ
難い身であること

もう一つはそのような罪深き身での
阿弥陀如来は「南無阿弥陀仏」と
深く信じ唱えれば必ず救ってくれる

その時代の、民衆にも分かりやすく
伝えたのでしょう

洛東吉水(よしみず)に草庵を結んで
布教していました

信者の増加に伴い、迫害され讚岐に
流された

赦免され、讃岐国から戻った法然が
摂津国豊島郡(現箕面市)の勝尾寺に

承元4年(1210年)3月21日まで滞在
した記録が残っている

翌年の建暦元年1211年に京に入り
建暦2年(1212年)1月25日、京都
東山大谷(京都市東山区)で死去した

80歳で往生されるまで多くの人々に
教えを伝えた

それから、延々と脈々とその教えは
現在に伝わってきているのです

興味はあるけど浄土宗の信者では
ないのでやりませんけど・・・

浄土宗は念仏というし、日蓮宗は
お題目というし・・・

南無大師遍照金剛、これはお経と
言い、宗派によっていろいろですね

「なむだいしへんじょうこんごう」
たまに母が唱えていたので懐かしい!
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