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お遍路さん、南無大師遍照金剛
「南無大師遍照金剛」
(なむだいしへんじょうこんごう)

「南無」の意味は帰命(きみょう)、帰依
(きえ)するという意味で「永遠に心から
信じお従い申します」という誓いです

「大師さま」は偉大なる師、という意味で
日本では、大師号として朝廷から徳の
高いお坊さまに贈られました

お大師さまは「空海」、朝廷から大師号
「弘法大師」を給わった

真言宗の信者ではありませんでしたが
時々、母は唱えていた

「南無」とは、「あゝ」と感嘆する言葉で
「あゝ ありがたや 弘法大師様」と、いう
意味のようです

従って、これを唱えることはお大師様に
おすがりすること

大師は讃岐の国(香川県)出身、青年期
四国の山中や海岸などで修行を行って
いたようです

大師にあやかろうと四国には多く僧らが
悟りを求め、大師ゆかりの場所に修行・
参拝に訪れるようになる

お遍路さんは四国にある空海ゆかりの
八十八カ所の霊場をお経を唱え、巡拝

「南無大師遍照金剛」
(なむだいしへんじょうこんごう)

四国の松山で育った母ですからお墓参り
などで、子供の頃から唱えていたかも?

仏さまの慈悲の光は、すべてのものに
幸せを及ぼそうという智慧(ちえ)の働き

「智慧」とは、仏様の心のこと
「知恵」とは自身の心から生じるもの

生きていく上での学問・役に立つ知識の
こと、意味は全く異なります

ダイヤモンド(金剛石)のように、堅固で
輝きを失わない、それが「遍照金剛」

真言宗ではどんな時でも唱えるそうです
お寺や仏壇の前でも亡くなった人のため

幸せを願う時、自分がピンチに立った時
「南無大師遍照金剛」と、唱えるのです
母もきっと、安心できたのでしょうね

松山から新居浜に嫁ぎ、一番下の弟が
1歳、その上が3歳の弟、5歳の私、兄が
7歳の時、夫の仕事のために、東京へ

本当に不安だったと思う、戦後間もない
頃ですからね

四国に帰るのにあの頃は、夜行列車で
まるまる24時間、船にも乗り、四国へ
渡らなければなりません

誰でも大変だったけれど・・・
オムツも洗濯していた時代ですから・・・

それでも母は2人の子供(一番下の弟と私)
を連れ、四国へ一度帰ったことがある
そぞや、つらかったのでしょう

2か月ほど、松山の小学校にも通いました
東京と違いみんな優しく、給食も美味しい
そのことだけ思えています

一番短い「お経」、「南無大師遍照金剛」
(なむだいしへんじょうこんごう)を口ずさむ

大好きなお母さんも唱えていたのでしょう
教えてもらいました、無宗教ですが・・・・・

大師にあやかろうと、多く僧や信者が各地
より、四国八十八カ所を回っています

お遍路さんの格好で、南無大師遍照金剛
(なむだいしへんじょうこんごう)お経を唱え

歩くだけで気持ちが変わるはずです、心が
平穏になるでしょう
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