もろもろももとせ
とつぜんはじめた日記のブログ
プロフィール

江戸絞(えどしぼり)

Author:江戸絞(えどしぼり)
それぞれいろいろ
もろもろももとせ(百年)

精一杯、生きて百年
それぞれがいろいろ
今、出来ることを!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

🎏 5月の連休 🎏
去年、1年間、具合が悪くてどこへも
行っていませんでした

京都は何年ぶりでしょうか?妹の家族
みんな揃うのは久しぶりです、3日から
5日まで行ってきました

なんとか、無事に帰ってこれたことが
ありがたいと思います

ブライトンホテルに2泊、ロビーには
藤の花を活けてあり、季節感が出て
いて綺麗でした、日本の美意識ですね

IMG_20160503_145324.jpg

今回、豊臣秀吉により作られた京都を
囲む御土居(おどい)を知って、驚く

今まで何十年、何十回も京都に通ったが
何も知らなかった

御土居は京都を囲む土塁で、京都改造
事業の一つだそうです

敵や動物などの侵入を防ぐため築かれた
土製の堤防状の壁です

市内に完璧ではないが、その一部が現存
史跡にも指定されていることを知る

IMG_20160504_081811.jpg

IMG_20160504_081717.jpg

御土居の内部を「洛中」外部を「洛外」と
呼ぶことにしたようです

IMG_20160504_081613.jpg

京都と諸国を結ぶ街道、それを横切る
場所を「口」(出入口)と呼んだ、なるほど

現在も鞍馬口、丹波口、粟田口、荒神口
など、地名が残っている

そういうことだったのね、知らなかった!
秀吉自身が御土居建設の目的を、説明
した文献はないようです

中世の京都では延暦寺、八坂神社など
周辺の寺社が大きな影響力を持っていた

御土居により、洛中と洛外の交通を制限
これらの勢力を削ろうとした説もあるとか

豊臣政権が崩壊、徳川に移ると御土居も
変化していく

道路を分断していた部分が取り壊されて
しまったり、「洛中(京都)」は実質的に鴨川
河畔まで広がったそうです

今回は、歴史の勉強ができて楽しかったし
帰りの新幹線から、富士山が綺麗に見え
嬉しくなりました、元気が出ます、パチリ!

IMG_20160505_154512.jpg

東京の家族6人と京都の妹の家族6人と
もう一人、大津の妹1人計13人で集まった

みんなで、元気に会えたことに感謝です
もうひと家族は、会えませんでしたが・・・

伏見にいる98歳の義母の所にへは、今回
寄れずじまい、次回にします!無理は禁物!
この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
→http://yoshiko152.blog44.fc2.com/tb.php/2168-51033126
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)