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最古のすずりの2例目が見つかる
書をやっているので、最古のすずり
という記事に、目が止まりました

福岡県の三雲・井原(いわら)遺跡
そこは「伊都国」(いとこく)という
都があった

古代中国の歴史書「魏志倭人伝」に
出てくる倭国(わこく)の一つ

古代の中国の諸王朝や周辺諸国が
当時、列島にあった政治勢力国家を
指して用いた呼び名です

7世紀後半に対外的な国号を日本に
改めたそうだ

「漢書」地理志、BC1世紀頃ですが
日本(倭)について記載がある

楽浪郡(現在の平壌)の海の向こうに
「倭」があり100余りに小国に分かれ

その中の国が定期的にあいさつに
やってくる、書かれているそうです

伊都国で弥生時代(紀元前4世紀〜
紀元後3世紀)の物と見られる国内
最古のすずりの破片1個が見つかる

弥生時代のすずり発掘は2例目、その
破片は長さ6cm、幅4.3cm、厚さ6mm
すり減りがあったそうです

今後、墨が使われた跡がないか詳しく
調べるようです

昨年12月に弥生〜古墳時代の人々が
土器を捨てたと、見られるくぼ地を
調査、そして見つかったそうです

ここでは「楽浪郡」製の弥生後期の
土器が、多数見つかっています

すずりも同時期の1世紀〜2世紀頃に
楽浪郡で、作られたらしい

楽浪郡は漢朝によって設置、紀元前
108年から西暦313年まで存在した
現在の平壌のあたりです

中国からの賜り品への返礼書などを
作るために「伊都国」では楽浪郡から
持ち込んだらしい

1998年に、松江市田和山遺跡の弥生
中期頃の地層からすずりと研石の
破片が、見つかっている

すずりが見つかったのは弥生人が
文字文化に、触れていたということ

今後、筆や研石、木簡が見つかる
かもしれませんね

百済王の命令で日本に渡来した王仁
(わに)が「論語」と「千字文」を天皇に
献上したとありますしね

日本に正式に文字が伝えられたのは
大体、5世紀位と言われている

2遺跡の破片を鑑定した九州大学の
西谷名誉教授は「伊都国」が窓口で

山陰地方との交流で、移譲された
のではないか、との見解を示した

地図を見ると、朝鮮半島から九州は
近いですね

頻繁に、往来があったのでしょう
もっと文字は早く伝わっていたかも?

千字文の勉強もしましたが、そんな
前に伝わっていたとは・・・

中国から朝鮮半島を経て、文化が
入ってきたことが、出土したもので
よく理解出来ますね
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