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四谷「八竹(はちく)」の大阪鮓
四谷の「八竹(はちく)」は大正13年創業の
大阪鮓(すし)の専門店

子供の頃、父が1週間ぶりに帰ってくる時
必ず、お土産に持って帰ってくれた

子供4人と母(妻)5人が、満足するほどの
量を手に、機嫌よく玄関から入ってきた

別居中の父が、自宅に帰る時のお土産
申し訳ない!と思ってなのか、心の中は
分かりませんが・・・ 

太巻きに茶巾ずし、箱寿司の穴子が特に
美味しかったです!

あの時代の夫は、妻に対して強かったね
ゆとりある男は愛人持つのが当たり前

生活費を入れれば、文句ないだろう?
そんな感じでしょうか?

時々帰ってくる父親、時々出かける父親
ざらにいた時代でした

戦後、生活が出来ない女性も沢山いて
食べるために必死に生きる時代だった
今の時代とは、雲泥の差ですね

高校の時も同じ家庭事情の友達がいて
お互いに、悩みを打ち明けたものです

家族を大事にする人も、沢山いたので
羨ましかった記憶があります

もっと私が小さかった頃、父は家にいて
家庭らしかったけど夫婦喧嘩もしていた

女性が怒鳴り込んで来たり、受け入れる
しかなかった母は、どんな思いだった?

つらかっただろうね、離婚なんて考える
時代ではなかった

何もない戦後、子供を預かる所もないし
女性の仕事もなかったし・・・

もう二人共、この世にいないから聞く
ことは出来ないが・・・

母が亡くなり20年経った頃、父は
「お母さんが迎えに来たから長くない」
そう電話口で、私に言った

それから2週間後亡くなったと、連絡が
来た、母に来てほしかったのだろうね

母は迎えに行くかな?と思いましたよ
いなくなって、やっと大事な人だったと
思うのでしょう

両親のことを思い出すと、父の土産の
八竹(はちく)の大阪鮓が目に浮かぶ

010.png
先日、頂きました、美味しかったこと
懐かしい味でした

両親を思い出す、こういう時間も必要
かも知れませんね
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