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回想 (6) 3回目の心臓手術
高度成長で仕事が順調になり家庭の中
にも色々、問題が出始めて、疲れが出た
のでしょう

主治医が子供は1人だけ、という意味が
分かった気がする

具合の悪い時は、血の流れが良くない
から、顔色もどす黒くなります

洗濯機から洗った物を、外の竿に干す
そこまで行くのも、苦しくてフウフウ
アップアップでした

2回目の手術から8年後、3回目の心臓
手術になった

3回目の手術でも、弁を支えている筋肉が
使えるので切り開くだけでいい、と教授が
言った、人工弁は使わずに済んだ

人工弁には2種類あって機械弁と生体弁
30年以上も前の機械弁はカチカチと音が
うるさく、患者さんは嘆いていた

今はうるさくない機械弁があるのでしょうか?
生体弁には牛の心膜で作るものや、豚の
心臓弁で作るらしいですが・・・

亡くなられた人の心臓弁を処理して移植
する場合もあるとか、人工弁もさぞや
良くなっているでしょう

手術で血液の流れも良くなり、顔色も
ピンク色、また普通に歩けるように
なり、医学の進歩に、感謝しています

葉山に住んで10年、3回目の手術後には
会社から遠い!と言われ、東京に戻る
ことになる

末弟は、母と同じ肝臓ガンでフランスに
渡り、2度移植手術を受けた

1度は良くなり、大学教授にもなったが
やりたいことが沢山あったでしょうが・・

47歳で若くして亡くなる、悔しかった
はずです

今思うと、私にとっては、人生で一番
つらい時期だったと思います

夫婦の問題もあり、ガリガリに痩せ
心もズタズタで、精神的に立ち上がる
のに時間がかかった

今思うと、自分で言うのもなんですが
自信喪失で、哀れな人間でした

自分で、どんどん深間にハマっていき
身体の痛みや苦しみよりも、精神的な
心の痛みはきついものだ、と実感した

その頃、横浜ルミネで高橋巌先生の
講座を受けた(シュタイナー)

それで立ち直れた気がする、葉山の
友達と陶芸も続け、ソフィアの会にも
二人で参加した

あの頃、アバのDancing Queen の
曲を運転しながらよく歌っていたね
と、娘が言う

スウェーデンのコーラス・グループの
アバが1976年にリリースしたシングル

ビルボード(Billboard)誌で・・・
1977年に、週間ランキング1位を獲得

軽快なリズムで元気をもらっていたの
だと、思います

十年一昔、と言いますが、30年前は
大昔ですね

20歳で心臓弁膜症と診断され21歳で
1回目の手術をした私が、元気だった
二人の弟たちより、長く生きている
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