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歌舞伎の市川一門の宗家
初代・市川團十郎(だんじゅうろう)さんは
元禄歌舞伎を代表する江戸の役者さん

立役を得意とし、荒事芸を歌舞伎に導入
彼が考案した見得は「元禄見得」(げんろく
みえ)と呼ばれた

市村座で「わたまし十二段」佐藤忠信役を
演じていた最中に、役者の生島半六に
舞台上で刺殺された、享年45歳

團十郎刺殺事件の後、犯人・半六は
消息不明、獄中死という説もあり真相は
闇の中

歌舞伎役者の中でも、最も権威ある
市川流の家元、市川一門の宗家

二代目・市川團十郎さんは江戸時代
初期に活躍し、絶大な人気を博した

現在に至る、市川團十郎家の基礎を
築いた人のようです

初期の荒事が歌舞伎の中に定着して
ゆく過程で、彼は役者と作者を兼ねた

そのことが市川家の荒事芸が独自の
性格を持つことに、繋がったようです
この時代では長生きで満70歳没

三代目團十郎は門弟の市川升五郎を
養子にしたが、公演先の大坂で病いに
寛保2年(1742年・21歳)急死

門弟の二代目松本幸四郎を養子として
四代目を継がせたのは、宝暦4年に
(1754年)

五代目團十郎は二代目松本幸四郎の
子として江戸に生まれ、父幸四郎が
四代目團十郎を襲名

いろいろな出来事があり、この時期
から、長く続く市川宗家ですが不運な
ことも多かったのです

江戸時代、一般庶民は先祖が何を
していたなんて、分かりません

延々に続く役者魂、血筋が歴史に
重なり磨かれるなんて、凄いこと
羨ましい限りです

六代目は風邪をこじらせ急死(21歳)
七代目は化政期に活躍(江戸後期・
町民文化)

天保の改革のあおりを受け、江戸を
追放されたことで有名

八代目、公演先の大坂で自殺(満31歳)
九代目は明治時代、五代目尾上菊五郎
初代市川左團次と「團菊左時代」を築く

歌舞伎を町人の娯楽から日本文化を
代表する高尚な芸術まで高めることに
尽力したそうです

十代目は九代目の婿養子です長女で
二代目、市川翠扇の夫 1882–1956

十一代目は團十郎襲名後わずか
3年半で病死(満56歳)若いですねえ

2年前、十二代目は白血病を患い
9年間闘病の末に死去(満66歳)

今の海老蔵さんのお父さんです
まだまだ活躍できる年齢ですのに・

勘三郎さんに、坂東三津五郎さん
十二代目の團十郎さん、よく観に
行ったものです

一緒に観劇していた友達の二家族
具合が悪くなり、私も元気ではない
歌舞伎が遠のきました

海老蔵さんに、中村勘九郎さん
七之助さん、若手が頑張っている
是非、元気になったら観に行きたい
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