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飼い猫「まる」が癒しの養老猛司さん
彼は80歳、何を言っても遺言、写真を
撮れば遺影という歳になりました、と

猫の「まる」も15歳を過ぎているという
お互い立派な老猫、老人です

IMG_9031.jpg

「まる」の写真を見ると、リラちゃんと
同じスコティシュホールルド

リラちゃんはまだ2歳だから、可愛い
盛り、袋に入るのが大好きです

「まる」は老猫だから、大物の風貌が
あるけれど、まだリラには・・・

IMG_9119.jpg

腹がすいたらメシを食い、気が向けば
一緒に散歩する、眠くなったら、寝て
しまえばいい

それでいいじゃないですか、何もせず
日がな縁側に寝転がっていたところで
誰も困りはしない

役立たず? それでけっこう、と言う
おっしゃる通りですが・・・

猫だって老人だって、人の心に癒しを
与えていますよ

いつも寝転んでいる「まる」の目を通し
人間社会を眺めて「生老病死」を痛快に
語る

今まで知らなかった作家の、意外な
顔や本質を垣間見ることができる、と
書いてあったけれど・・・

彼らしい言葉でしたよ、病院の診察の
様子は、私も何日か前に書きましたが

コンピュターの結果だけを見るように
なり、昔と違い、顔もあまり見ない

人は全てを記憶できず、見落とすこと
あるけど、コンピューターは全てを
記憶、と言うわけですね

悩みの多き現代人必読のエッセイかな?
「まる」から、癒しをもらっているのは
よく分かる

私も癒してもらってますから、飼い猫
リラちゃんに・・・

気楽に読めるこの本は、病院での診察
待ちにちょうどいいです

挿入されている飼い猫「まる」写真には
癒される人も多いはず

悪い写真ではないけど、ピンボケでね
はっきり写ってない、写真の出来は
う〜ん、どうかな?・・・

老猫と老人と重ね、モノクロの写真が
いい、と編集したんでしょうね

「まる」はおでぶの老犬「どすこい座りの
猫「まる」は、DVDも売り出されている
そうですよ
東京は雨ばかり
梅雨なので、雨ばかりは仕方がないけど
それにしても、少しは晴れ間も顔を出して
欲しいです

洗濯物が乾きません、関西は今日も太陽が
顔を出すようです、羨ましい!

からっぽの、何も植えていない鉢につゆ草
一つ、花をつけました

IMG_9035.jpg

重苦しい気持ちを、晴れやかにしてくれる
花に、微笑んでしまいますね

雑草だと思っていましたが、そうじゃない
そうです、ただ、この花も朝、咲いていた

夕方、青い花を見ようと思ったら、もう
しぼんで姿形がなかった、綺麗でしたけど

花があった形跡も全くなくなるので、商業
ペースに乗らないようです

クラリセージの花も、たった一つ、つけた
だけ、雨ばかりの空模様では花もつかない

IMG_9102.jpg

雨が多くなることで、出やすくなる問題点
それは、病気になりやすくなること、と
雑草の勢いが増すこと

日本で長年生きている雑草は、高温多湿な
環境に対して慣れているので成長しやすい
のです

この雨では、畑をしている人は大変ですね
キャベツも腐ってしまいます

8c6e5d598c7793c23c227c9e9255ecdb.jpg

渋谷・文化村にミュシャ展を見に行く
老夫婦と、中学3年生の孫娘と3人で
Bunnkamuraザ・ミュージアムへ

昨日から始まったミュシャ展を、観に
行きました

IMG_9006.jpg

じいじ、ばあばと楽しく出かける孫は
珍しいでしょう

結構、混んでいましたが、押し合い
へし合いの混雑はありませんでしたよ

でも、ミュシャは人気があるのだなあ
そんな人混みでした

美術に興味がある子なので真剣に一つ
一つ、丁寧に観ていたのには感心した
音声説明も借りて聞きました

アール・ヌーヴォーを代表する芸術家
アルフォンス・ミュシャ(1860-1939)

80年前に亡くなっているけど、繊細で
華やかな作品は、人々を魅了し後世の
アーティストに影響を与えたのです

IMG_9007.jpg

ミュシャ財団監修の本展は、ミュシャ
幼少期の貴重な作品や、自身の蔵書や
工芸品

20代に手掛けたデザイン、イラストに
名前を一躍有名にしたポスターなど

ミュシャの原点と作品の魅力を大いに
見せてくれました

ミュシャ作品から影響を受けた明治の
文芸誌の挿絵などや

1960〜70年代のイギリス・アメリカに
影響を与えたグラフィック・アート作品

影響を受けている現代の日本のマンガ家
アーティストの作品まで、およそ250点
ミュシャ様式の流れを辿っていた

孫曰く・・
世界の人々に、影響を与えたミュシャは
誰から影響を与えられたのかな?不思議
がっていました

そうね、確かに!でもそれが個性だから
ミュシャは天から授かったのだろうね

生まれてすぐ、物心がつく頃には絵筆を
持って、書き始めたそうだから

時代を超え、愛されるミュシャの秘密を
ひも解く、これまでにないミュシャ展
でした

ミュシャの作品、いろいろ売ってました
でも、それはそれは長い行列で買えない

会場を出て右に行くと売店があり、孫は
ミュシャのイラスト入りの1000円の
Tシャツを大喜びで買った、穴場ですよ
第二次世界大戦、終戦から74年も経っても・・・・
1858年(安政5年)カション、日仏通商条約締結
全権公使グロ男爵の通訳官に任命され、日本に
やって来た

ウジェーヌ・エマニュエル・メルメ・カション
Eugène-Emmanuel Mermet-Cachon 
(生まれ 1828年9月10日-1889年3月14日 没)

幕末に来日したフランス人の神父です、日本語に
堪能で、通訳以上の働きをしていたとも言われて
います

カションは、1866年出版された「佛英和辞典」の
編纂に12年の歳月をかけたようです

この時代に、日本に来た人たちの努力で基礎が
出来上がったのですね

末の弟も、40代の若さで早稲田の仏文の教授に
なりましたが、47歳の時に母と同じ肝臓で亡く
なった

肝臓移植もフランスでしましたが、長くは生き
られなかった、25年ほど前のことです

これから、という時だったので本人も悔しかった
と思います

もっと生きたかっただろうに・・・と時々、思い
出す、若い頃から病院通いの私がまだ生きている
のが不思議です

明日のことは分からない、今を楽しく生きること
そう思っています

カションの活躍の記事を読んで、弟を思い出しま
した、今なら、もう少し、長く生きられたと思う
と、とても残念です

最近は、母のことや父のことを、よく考えている
自分がいる、戦後を必死で生きて来た人たちです

父も女性のことなどいろいろありましたが一時期
子供4人、私立に入っていた時が、ありますから
よく頑張ったのですね

終戦の1年前に生まれているので、戦争の実感は
分からないけど、資源のない日本が、よくもまあ
戦争を仕掛けたものだと、呆れますが・・・

どれだけの人が、苦しみながら死んでいったか
今の政治家も考えてほしいものです

終戦から74年も経っても世界のあちこちで戦争
している、苦しんでいる人々がいる、悲しみを
覚えます
医療現場の変化は、凄(すざ)まじい!
聖路加に、1回目の手術から15年ほど
診てもらい、後に慈恵医大心臓外科に
25年

その間に、人工心肺を使って、2度の
心臓手術

そしてアブレーション・カテーテルを
受けた後は、循環器内科に15年、全て
足すと55年の病院通い

慈恵には、40年以上も通っていますが
昔は、随分と病院が汚くてね

最初に入院した時のこと、よく覚えて
います、トイレなんか臭くて、今では
考えられませんが、ひどかったですよ

リフォームをやり続けて何とか、維持
してますが、元々、古い建物だけに
迷路みたいです

ちょっと調べたら医療が急速に高度化
複雑化している中、良質・安全な医療
のために、2020年1月には、新外来棟

小児・周産期医療センター(仮称)が
オープンする予定だそうで、来年です

やっぱりね、時代の変化、何もかもが
進み具合が早いですから

先進医療の実践を推し進め、21世紀を
リードする大学附属病院としての機能を
果たし、さらに引き続き

患者さんや医療期間の皆様のニーズに
応えることにより、信頼される病院と
なるよう、努力してまいります

そう書いてありました、来年には出来
あがるそうです

今の本館(外来棟)の前のところが建築
現場ですね

慈恵医大は建て直しが頻繁です、去年
平成30年1月1日から、電子カルテに
なったし、全てが変化、変化の時代

「その前のカルテはどうなるの?先生」
「倉庫にしまってある」と、言っていた

患者の病歴を読む事もなくなるのです
簡単な経過だけです

担当が変わったりするし、患者さんの
ことが分からなくなるでしょうに・・

診察もコンピューターの検査結果だけ
それを見ることで、心臓病でも心臓に
聴診器を当てなくなりました

それに診察も、過去のことなんですね
コンピューターの前ばかり見ている

数字ばかり追ってる、機械が壊れたり
停電になったら、患者を前にして何も
分からないじゃないの?

ちょっと疑問、本当に、医療も変わり
ました、これからどう、変化していく
のだろう

慈恵医大病院に入ると、創設者・高木
兼寛(かねひろ)氏の言葉、名言です

「病気を診ずして、病人を診よ」書いて
ある、どうぞ、その理念を忘れないで!